機能リンク
  • 加入申し込み
  • 会員登録
  • 番組表

鬼平深読み帳

岸井左馬之助や彦十のモデルは誰だ?

『鬼平犯科帳』の原作者・池波正太郎が、このシリーズを書くときに長谷川平蔵のビジュアル・イメージを、松本白鸚に求めたことは、“鬼平”ファンには有名な話。池波は白鸚主演の映画「敵は本能寺にあり」(60年)の脚本を書き、その縁もあって撮影所で初めて白鷗に会った時、直感的に彼こそ平蔵だと感じたという。では他のレギュラー・キャラクターにはモデルはいないのだろうか。

実は前述した「敵は本能寺にあり」で、池波に初めての映画脚本を書くように勧めたのは、後に『鬼平犯科帳』シリーズでも数々の名エピソードを脚色した名脚本家の井出雅人。池波と井出は若い頃、長谷川伸が主宰する戯曲や小説の勉強会で知り合って交流を深めた親友で、60年に池波が『錯乱』で直木賞を受賞してからは、井出と連れ立って那須や伊東、湯河原、京都などの宿に二人で籠り、執筆に打ち込んで作品を批評し合ったという。物書きという同じ道を歩んで、互いを認め合う二人の関係は、まるで平蔵と剣友・岸井左馬之助を彷彿とさせる。だとすれば彼らの剣の師匠・高杉銀平のモデルは、大衆文学と戯曲の師である長谷川伸なのだろう。

また平蔵が放蕩無頼の日々を過ごした若い頃、コンビを組んでいた悪仲間が相模の彦十である。池波正太郎は12歳から株屋の小僧として働き、当時の10代としては思いもかけない大金を持っていた彼には、井上留吉という悪友がいた。少年時代に浅草田原町の牛めし屋の屋台で喧嘩をしたことから仲良くなり、後に株屋仲間として銭湯で偶然再会した二人は、連れ立って美味いものを食い歩き、賭博場や吉原などの悪所にも通った。その井上の面影が、平蔵の過去を知り尽くしている彦十に投影されている。またお人好しでオッチョコチョイな井上の性格は、同心・木村忠吾の人物像に活かされているとか。このように池波が実際に触れあった友人、知人、恩師などの魅力をさりげなく取り込み、江戸の人間として再生しているからこそ、池波文学に出てくるキャラクターには、人間的な深味があるのだ。