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鬼平深読み帳

『鬼平犯科帳』シリーズを支えた、能村庸一プロデューサー永眠!

去る5月13日、元フジテレビの能村庸一が76歳で亡くなった。能村は中村吉右衛門の『鬼平犯科帳』シリーズに、開始当初から関わったプロデューサー。この番組をメインで企画したのは原作者・池波正太郎と盟友関係にあった市川久夫。市川はこのシリーズを中村吉右衛門主演で実現させるため、歌舞伎役者を擁する松竹と交渉。当時の松竹演劇部の大川武夫、松竹テレビ部長の櫻井洋三、そして放送局として名乗りを挙げたフジテレビの編成部長・重村一と話し合いを重ね、番組のスタートにこぎつけたわけだが、その本格時代劇としての作品作りには、現場と密に連携した能村プロデューサーの尽力が大きかった。元々市川と能村は、73年に放送された加藤剛、山形勲版の「剣客商売」で一緒に仕事をした仲。この二人がいなかったら、吉右衛門の「鬼平犯科帳」はこれほど多くのファンから支持を受けるほどの、クオリティの高い作品にはならなかっただろう。

吉右衛門版の『鬼平犯科帳』を始めてから、能村は渡辺謙版の『仕掛人・藤枝梅安』、藤田まこと版の『剣客商売』の企画を立ち上げ、池波正太郎の三大シリーズの放送を実現させた。それらが数ある池波作品の中でも“極め付け”の映像シリーズになったのは、02年に市川久夫が亡くなってからも、能村が作品の出来に目を光らせていたからに他ならない。また11年にフジテレビを退社してからも、CSで放送された『鬼平外伝』シリーズの監修を始め、池波作品の制作に関わり、昨年放送された「鬼平犯科帳THE FINAL」でシリーズを完結させて亡くなった仕事ぶりは、原作者や市川プロデューサーも草葉の陰で褒め称えているに違いない。

また能村は元々、フジテレビにアナウンサーとして入社している。『鬼平犯科帳』では第8シリーズから能村太郎の名前でナレーションも務め、それまでのナレーター・中西龍の名調子を引き継いでいる。影で作品を支え続けた能村庸一というプロデューサーがいたことを、“鬼平”ファンは忘れないでほしい。